活動実績

『建築雑誌』(2020年9月号)にて『リーガルレジリエンス』を特集、災害復興法学とコラボレーション

 

日本建築学会の学会誌『建築雑誌』の2020-2021年編集委員を特別に拝命しております。「災害復興法学」の取組が建築学会の皆様の目に留まっていただけたようで、学会よりお声がけをいただきました。2020-2021年を通じてのテーマは「レジリエンス」です。あらゆるテーマについて、レジリエンスの観点から考えていく2年間です。

編集委員会では、災害復興法学が提唱する『リーガル・レジリエンス』(法的強靭性)を軸にした企画を当初より検討しておりましたが、2020年9月号にて、ついに現実のものとなりました。『災害復興法学』の活動に着想を経て、多くのみなさに論考をお願いし、座談会や取材を行ってまいりました。ご協力いただいた皆様には、謹んで御礼を申し上げます。

特集タイトルに、『リーガルレジリエンス』という新しい言葉を掲げました。

サブタイトルには、『生活再建と復興を支える法制度』。

英文タイトルは、«Legal Resilience: Resilience for Law System and an Encouragement of ‘Disaster Recovery and Revitalization Law»は、「リーガルレジリエンス:法制度による強靭化と災害復興法学のすすめ」となります。

日本建築学会の公式ウェブサイトに掲示している巻頭趣旨と目次情報を以下に共有させていただきます。また、編集者である今回のメイン企画者の一人であるにもかかわらず、大変僭越ながら、「論考1」として、岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話―災害復興法学による防災教育と生活再建への知識』を掲載いただいております。

 

日本建築学会『建築雑誌』2020-9月号 SEPTEMBER

特集= 特集09 リーガル・レジリエンス

―生活再建と復興を支える法制度
09 Legal Resilience: Resilience for Law System and an Encouragement of ‘Disaster Recovery and Revitalization Law’

特集09 リーガル・レジリエンス ―生活再建と復興を支える法制度

 

東日本大震災から10年を迎えようとしているが、いまなお「生活の再建」や「まちの復興」が道半ばであるのは、いったいどうしてなのだろうか。何が支障となり、何が不足しているのだろうか。そのような観点から本号では「法制度」を特集の対象テーマとした。法制度はシステムとして現実の社会を動かしており、国の組織や予算も法律に基づいている。建築や施設、空間が本来の機能を発揮して、社会のなかで本当に価値ある役割を果たしていくためには、建築を取り巻くさまざまな要素との関係性を認識することが必要である。本特集号では、「法制度が個人の生活再建やまちの復興を支えている」という事実を確認するとともに、被災者のニーズに応え、災害の教訓を未来に生かすために新たな法律や制度をつくることの必要性を考えることを通じて、「リーガル・レジリエンス(法的強靭性)」のあり方を展望したい。

「リーガル・レジリエンス」獲得のために、2011年3月11日の東日本大震災における4万人を超える被災者の声とリーガル・ニーズを通じて「災害復興法学」という新しい学問領域が提示されている。「災害復興法学」は、被災地における弁護士らの被災者相談事例から浮き彫りになったリーガル・ニーズとそれらが影響を与えた復興政策や危機管理政策の軌跡を未来にアーカイブすることを目指したものである。

ひとたび大きな災害がおきれば、犠牲となる命、住宅・建物の倒壊・浸水・焼失、道路やインフラの破壊、通信の断絶などの被災地の姿が目に飛び込んでくる。しかし、災害による深刻な影響はこれらにとどまらない。そこで生活・生業を営んでいた人々の生活が破壊されている。失った生活を再建するためにどうすればよいのかわからないという「人間」の叫び声が聞こえてくるはずだ。広範な被害を受けた地域では、まち全体の再建と復興への困難が災害直後から待ち受けていることも明らかである。復興とは、建物や道路の復旧にとどまらない、まちづくり全体を俯瞰してよりよい生活を目指す政策づくりであり、そこに暮らし働く人々が、被災しながらも再び立ち上がる生活再建の道のりである。それらを支えるのは、法律や制度を柔軟に活用する知恵であり、既存の法律や制度をも改正し、改革し、新たな仕組みとして将来に遺そうとする意思、すなわち社会と形づくる法そのもののレジリエンス―リーガル・レジリエンスなのである。災害復興法学はその一端を記録しようとする新たな学問であり、①被災地の相談事例を集約分析してリーガル・ニーズの傾向や課題を分析すること、②既存の法律や制度の課題、法律上のボトルネックを発見して改善を促す政策提言を実施すること、③地域やくらしの復興、すなわちレジリエンスの実現に資する生活再建のための知識の備えを習得する防災教育を行うこと、④新たな制度ができ上がる復興政策の軌跡などを記録し、政策手法などをアーカイブすること、などをそのミッションとして掲げる取り組みである。

本号では上記「災害復興法学」のアプローチに着想を得て、個人の生活再建とまちの再生・復興に関わる第一人者らによる座談会、インタビュー、論考を企画した。いずれも、既存の社会システムを改善し、自然災害に対してレジリエンスを獲得しようとする試みが見え隠れしている。特集を通じて見えてきたことの一つは、現場の実情に向き合うこと、そして法制度の柔軟な運用方法の実践や新しい法制度化につなげるために積極的に発言し、躊躇うことなく社会実験に挑戦していくということの重要性である。命を守り、被害を抑止・軽減するための事前の備えを後押しし、そして発災後には被災者に寄り添って暮らしの再建を支える仕組みと仕掛けはどうあるべきなのか、まずはいろいろな人が声を上げるしかない。そしてその声に応えるための方策を実現する必要がある。せっかくの新しい技術や、厳しい経験から得た貴重な知見が来たるべき次の災害にしっかりと生かされないといけない。この社会システムとしての知恵の継承こそがリーガル・レジリエンスの獲得にほかならない。

リーガル・レジリエンスには、「Law system for Resilience」と「Resilience for Law system」の両方の側面が重要であると考えられる。これまで各時代において、その時々の背景をもとに必要な法律ができてきたはずである。「Law system for Resilience」の観点からは、被災者の声に寄り添い、向き合って、必要な事項はすぐに制度に反映され、予算にもつながるような社会としていきたい。

一方で、さまざまな法制度が積み上がった結果、全体の仕組みが硬直してしまうのでは本末転倒である。災害の問題は差し迫っている。先延ばしにすることができない課題であり時間的な猶予はない。新たな社会的課題に向き合うために、法体系そのものの柔軟性や、法制度が法改正などで変化し続けることを妨げないような硬直化しない仕組み(Resilience for Law system)がリーガル・レジリエンスという観点からは重要である。

今回のコロナ禍においても「緊急事態宣言」が発出され、諸外国では外出制限や都市封鎖が行われるなど、法制度に関する世の中の関心が高まっている。危機や試練を糧に前に進む力がレジリエンスである。今回の厳しい経験を機に、法制度の背景にある理念として、あらためて人権とは何か、公正とは何か、人道的であるとは何か、正義とは何か、考える機会にもなればと考えている。

レジリエンスを高めるためには「問題・被害が発生しないように事前に対策を行うこと」に加えて、「実際に問題・被害が発生したらどうするかを事前に考える」ことが重要であり、発災後の対応に備えた環境を事前に整えておくことが求められる。そして被災後には「個人の生活再建」と「まちの再建・復興」の両方の視点が必要である。また、人・建築・まち・都市のレジリエンスを一体として扱うことが重要である。こうした視野と視座を大切に、本特集が、命を守り、生活再建と復興を支える法制度を議論する契機となればと考えている。

[増田幸宏・岡本正・朝川剛・牧紀男(ゲストエディター)・高口洋人]

 

[特集目次]
特集09 リーガル・レジリエンス
―生活再建と復興を支える法制度
Legal Resilience: Resilience for Law System and an
Encouragement of ‘Disaster Recovery and Revitalization Law

論考1
被災したあなたを助けるお金とくらしの話
―災害復興法学による防災教育と生活再建への知識 岡本正

座談
避難所の環境整備を考える
―生活と健康を守るためにいま求められていること
榛沢和彦×神原咲子×原野泰典

取材
見落とされているマンション防災の重要性
―災害時にも住み続けられるために 鍵屋一

論考2
立法プロセスと制度内容 佐々木晶二

論考3
東日本大震災からの復興と
「所有者不明土地」問題 野村裕

論考4
法制度の運用術 冨安亮輔

論考5
災害の頻発・激甚化時代に向けた土地利用規制と
住宅政策 野澤千絵