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【調査報告】災害時の個人情報の取扱い~兵庫県と明石市の先進的取り組みについて(2017年2月24日)

兵庫県の新しい取り組み

 

去る2017年1月17日、「要支援者名簿 提供は責務 市町村に促す 兵庫県、条例制定へ」との毎日新聞の見出しに目がとまる。おそらくは、県としての方向性・意思を示すプログラム規定を新たに条例で定めるのだろうと思われた。

 

そこで、当該条例である「ひょうご安全の日を定める条例」の改正案(2017年2月24日現在・議会に『ひょうご防災減災推進条例(案)』として上程中)について条例の概要や法案策定経緯についてご教示をいただきたいと思い、兵庫県企画県民部防災企画局防災企画課を訪問させていただいた。

 

兵庫県は、阪神・淡路大震災(1995年)から22年を迎えるにあたり、「ひょうご安全の日を定める条例」を改正し、より災害の教訓の具体的伝承と平常時政策への落とし込みを目指している。そのなかでも、災害時においては、基礎自治体である「市町」が果たす役割が重大であるとして、市町に対して①自主防災組織などの民間団体・事業者による防災減災活動の促進、②自主防災組織による個別支援計画の策定促進のための市町条例の整備を促す条項を設けた。

 

特に②については、「市町は、災害の発生に備え、自主防災組織等に対し避難行動要支援者の法(※)第49条11第1項に規定する名簿情報を共有するため、同条第2項ただし書に規定する特別の定めを設ける条例を制定等法制上の措置その他の必要な措置を行うものとする」(改正条例3条3項)という条項案を設けた。

 

※災害対策基本法

第四十九条の十一  市町村長は、避難支援等の実施に必要な限度で、前条第一項の規定により作成した避難行動要支援者名簿に記載し、又は記録された情報(以下「名簿情報」という。)を、その保有に当たつて特定された利用の目的以外の目的のために内部で利用することができる。

 

2  市町村長は、災害の発生に備え、避難支援等の実施に必要な限度で、地域防災計画の定めるところにより、消防機関、都道府県警察、民生委員法 (昭和二十三年法律第百九十八号)に定める民生委員、社会福祉法 (昭和二十六年法律第四十五号)第百九条第一項 に規定する市町村社会福祉協議会、自主防災組織その他の避難支援等の実施に携わる関係者(次項において「避難支援等関係者」という。)に対し、名簿情報を提供するものとする。ただし、当該市町村の条例に特別の定めがある場合を除き、名簿情報を提供することについて本人(当該名簿情報によって識別される特定の個人をいう。次項において同じ。)の同意が得られない場合は、この限りでない。

 

そもそも2013年に災害対策基本法が改正され、「避難行動要支援者名簿」(災害時の要配慮者)の作成が市町村において義務となり(災害対策基本法49条の10)、災害時には、住民の同意なくしてしかるべき支援機関へ第三者提供ができることが法律に明記された(災害対策基本法49条の11)。ところが、災害時に備えた、平常時からの災害時要援護者(災害時要配慮者)の名簿の共有は、依然として、各自治体の個人情報保護条例やその他の災害対策条例の運用に任されていた。このため、あくまで平常時から自主防災組織や自治会などが名簿を取得するためには、住民の「同意」に頼る自治体がほとんどとなっている。

 

>災害と個人情報の取扱いに関する基本的な解説記事はこちら

 

同意のみに囚われて、未同意者などの平常時からの見守りや災害対策のための支援がおそろかになってはいけないとの考えから、上記の個人情報共有推進の方針が示されたものであり、画期的なものとして評価したい。未だ対策をとっていない自治体に対し、平常時からの災害時要援護者情報の共有施策を推進する動機付けができるのではないかと期待したい。

 

 

明石市の先行事例

 

兵庫県が今回の条例改正案を策定する前から、災害対策のために平常時から、本人の同意がない場合でも、自治会や自主災組織などの支援機関に、災害時要配慮者の情報を提供できると明記している条例を策定している市町もある。

 

兵庫県下では、現在のところ

「神戸市における災害時の要援護者への支援に関する条例」(2013年4月施行)

「三田市避難行動要支援者名簿に関する条例」(2015年1月施行)

「明石市避難行動要支援者名簿情報の提供に関する条例」

の3つがある。今回は、明石市役所を訪問し、明石市理事、福祉部、総合安全対策局の方々から、条例策定経緯や今後の課題などを伺うことができた。

 

明石市は人口が30万人に迫る都市である。従来から継続されてきた、自治会や自主防災組織の独自の災害時要配慮者の把握に頼った支援や安否確認の手法では、漏れのない支援をするには限界を迎えていた。

 

そこで、災害対策基本法改正を受け、またほかの自治体の先行事例を参考にしつつ、2016年3月に「明石市避難行動要支援者名簿情報の提供に関する条例」が成立し、同年9月に施行となった。条例には、「市長は、災害の発生に備え、法(※)第49条の11第2項の規定により、避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者に対し、名簿情報を提供するものとする。この場合においては、名簿情報を提供することについて避難行動要支援者の同意を得ることを要しない」(第3条1項)との規定があり、本人の同意がなくても、平常時から支援機関などへ名簿を提供し、災害対策や見守りに活用できるようにした(但し、本人が積極的に拒否した場合は災害前の平常時の提供はできない)。

 

※災害対策基本法(上述)

 

現在は、自治会や民生委員への提供実績しかないが、「マンション管理組合」を含み、相応しい主体には積極的に提供する意思があるという。積極的な姿勢に感銘を受けた。

 

一方で、名簿の受け取りに躊躇する自治会も存在する。特に、個人情報の管理については、懸念する声があるという。これに対しては、災害対策の丁寧な説明により精力的に対応しているようであり、さらなる条例の浸透を期待したい。

 

僭越ながら、私からは、個人情報保護法制それ自体の丁寧な勉強会や研修会が必要であり、そもそもの個人情報の保護と利活用のバランスという法の趣旨全体について学習の機会を設ける必要があると提案させていただいた。防災の側面だけではなく、個人情報保護法制の側面もわかりやすく伝えることを両輪として実行することで、制度推進の加速の突破口となる余地があるのではないだろうか。

 

 

 

兵庫県庁と明石市には、関西大学社会安全学部の山崎栄一教授にもご同行いただき、様々なご示唆を賜ったことに感謝を申し上げます。

 

なお、兵庫県条例や明石市条例に関する考察の詳細は、追って論文や「自治体の個人情報保護と共有の実務」の続編書籍などにまとめたいと考えています。

(2017年2月24日訪問備忘録)

 

【参考文献】

「自治体の個人情報保護と共有の実務」(岡本正・山崎栄一・板倉陽一郎 2013年)

「災害復興法学」(岡本正 2014年)